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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)347号 判決 2000年2月02日

原告

シーゲート テクノロジー インコーポレイテッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

【F】

【G】

被告

特許庁長官【H】

指定代理人

【I】

【J】

【K】

【L】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第12208号事件について、平成10年6月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

シーゲート テクノロジー インターナショナル(以下「出願会社」という。)は、平成2年11月30日(優先権主張 1990年3月12日、アメリカ合衆国)、名称を「選択的に組織化された磁気記録媒体およびその製造方法」とする発明につき特許出願をした(特願平2ー336997号)が、平成7年2月14日に拒絶査定を受けたので、同年6月12日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第12208号事件として審理したうえ、平成10年6月22日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月15日、出願会社に送達された。

出願会社は、平成10年9月15日、本願出願に係る出願中の権利を原告に譲渡し、原告は、本願出願に係る出願会社の地位を承継した。

2  請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

磁気データを記録し、読出すための磁気変換ヘッドと関連して作動される磁気媒体の製造方法において、非磁化性の基層本体上に鏡面仕上げの実質的に平らの基層面を形成し、磁化可能の記録層を、実質的に厚さが均一な層として前記基層面上に沈着させて基層面に実質的に平行な記録面を形成し、前記基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成し、痕跡は、前記処理面積部分全体にわたって、表面粗さを、パルス状のエネルギーを集中させる前の値の少なくとも2倍の値で増加させる、諸工程を含んでいる磁気媒体の製造方法。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平1ー317226号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)及び特開昭54ー23508号公報(以下「引用例2」という。)にそれぞれ記載された発明並びにいずれも周知技術である「非磁化性のAl合金製の基層本体上にNi-P合金メッキ層の基層面を形成し、この基層面を鏡面仕上げした磁気ディスク基板の表面を磁気ヘッドとの吸着を防止するために適度な粗面に形成すること」及び「鏡面仕上げされた磁気ディスクの基層面を、磁気ヘッドが磁気ディスクに吸着するのを防止するために粗面処理する場合、処理後の表面粗さを処理前の2倍近辺に増加させること」に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との相違点(a)~(c)の各認定並びに相違点(a)についての判断は認める。

審決は、相違点(b)、(c)についての判断を誤り(取消事由1、2)、さらに、本願発明の作用効果を看過して(取消事由3)、本願発明が引用例1、2に記載された発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点(b)についての判断の誤り)

本願発明の要旨における「エネルギー」が「レーザビーム」であること、及び引用例2に「コンタクト・スタート・ストップ(CSS)形の浮動磁気ヘッドと記録媒体の吸着現象を改善するために、CSSゾーンにレーザ装置からのレーザビームを照射して該ゾーンを加熱し、CSS時に浮動磁気ヘッドが吸着しない程度に荒仕上げすること」(審決書9頁20行~10頁5行)が記載されていることは認める。

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(b)、すなわち「『痕跡の形成』に関し、本願発明においては、処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ、各位置に丸い凹部を有する痕跡として形成するのに対し、引用例1に記載された発明(注、引用例発明)においては、基層面上をエッチング処理して凹部として形成するものである点」(同8頁9~14行)につき、「レーザビームの照射はパルス状のエネルギーを選択的に集中することであるから、引用例1に記載された発明において、磁気ディスクの基層面をエッチング処理する代わりに引用例2に記載された発明のように所定の粗さが必要な部分にレーザビームを照射、すなわちパルス状のエネルギーを選択的に集中させて荒仕上げすることは、当業者が容易に想到できたものである」(同10頁6~13行)と判断したが、次のとおり、それは誤りである。

(1)  引用例1(甲第6号証)の第1図(B)、第3図(B)に示され、また、金属製基板をエッチングすると金属組織における各結晶粒の粒界部分が難エッチング部分として鋭い突出部となって残るという合金組織の特性からも説明されるように、引用例発明に記載された「クレーター状の凹み」は、本願明細書において、従来技術として問題とされている「鋭い縁部」(甲第2号証18頁4行)を有するものである。

他方、引用例2(甲第7号証)の第4図には、「レーザー装置8」を用いた例が記載されているが、該レーザ装置は、「CSSゾーン4に存在する一定以上の潤滑剤を飛散させたり、表面層を焼きつけたり」(同号証2頁右上欄18~19行)するために用いられており、本願発明のような「基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成」(本願発明の要旨)するためのものではない。審決は、「レーザビームの照射はパルス状のエネルギーを選択的に集中することである」とするが、レーザの発振にルビー等の固体を用いる場合にはパルス発振が多いものの、気体等を用いる場合には連続発振が普通であり、レーザビームの照射が直ちにパルス状のエネルギーを選択的に集中することにはならない。そして、引用例2の上記記載によれば、そのレーザビーム照射による処理は、連続的にレーザビームを照射するものとしか考えられないから、引用例発明において、磁気ディスクの基層面をエッチング処理する代わりに引用例2に記載された発明のようにレーザビームを照射してみても、本願発明の上記構成要件は実現されない。

被告は、特開昭63ー132702号公報、特開平1ー127104号公報、特開平1ー129996号公報を挙げて、平滑な金属材表面を回転又は移動させつつ、パルス状のレーザビームを選択的に照射して、該金属材表面にクレーターとその周囲を取り囲むフランジの集合である粗面を形成することが本願出願前に周知の技術であると主張し、また、特開昭53ー115202号公報を挙げて、ディスク表面の所定面積部分にわたる多数の位置にパルス状のレーザビームを照射し各位置に丸い凹部とその周囲を取り囲む盛り上がり部を有する痕跡を形成することも、本願出願前に周知の技術であると主張するが、特開昭63ー132702号公報、特開平1ー127104号公報、特開平1ー129996号公報は、本願発明とは異なる技術分野における異なる課題を解決するための技術手段として、パルスレーザが公知であることを示すにすぎず、また、特開昭53ー115202号公報には、パルスレーザスポットにより、磁気記録媒体表面において、先端が丸く仕上げられたリムにより取り囲まれるクレーター状凹みを形成することの重要性についての認識は、開示されていない。

(2)  引用例1に、従来技術に関し「この方法では溝が同心円状に形成され、磁気ヘッドスライダはその溝をなぞるように摺動し、磁気ヘッドスライダの進行方向に長手状の線接触をするため十分な吸着防止効果が得られないという機能上の問題点があった」(甲第6号証2頁左下欄13~17行)との記載、及び引用例発明につき「この発明は上記のような問題点を解消するためになされたもので、十分な吸着防止効果を有する磁気ディスク用基板を得ることを目的とする。」(同頁左下欄18~20行)との記載があるとおり、引用例発明は、溝を同心円状に形成すること、すなわち、広義では連続的にレーザビームを照射することを否定して、エッチング処理により「クレーター状の凹み」を形成することを採用している。しかるところ、引用例2の「CSSゾーン4に存在する一定以上の潤滑剤を飛散させたり、表面層を焼きつけたりして、面精度を低下させて、目的とするあらさにCSSゾーン4を形成する」(甲第7号証2頁右上欄18行~左下欄1行)との記載によれば、レーザビーム照射による処理は、連続的にレーザビームを照射するものとしか考えられないから、引用例発明に、かかる引用例2記載のレーザビーム照射を採用することは、引用例発明の目的に反するものであって、あり得ないことである。

(3)  本願明細書には、従来技術における「生じた突出部は鋸歯状にされて鋭い縁部を有する傾向」(甲第2号証18頁4~5行)の問題性に関し、「一度頂部がこれらの多数の突出部から破壊し去られると、2つの問題が発生するが、これらの両者は記録装置の長期間の信頼性を阻害する。すなわち先ず、多数の大体平らな面状部分71(元の尖った頂部でなく)は変換ヘッドとの面接触の全面積を増大させて、固着および摩擦の問題(通常摩擦の蓄積と称される)を増加させる。次に、多数の破壊し去られた頂部は破壊される時に変換ヘッドに付着する傾向があり、谷部67に蓄積して突出部の範囲の磁気層を露出させて腐食される恐れのある場所を発生させ、または粒子状態の汚損物として自由に保持されて、何れの場合にも記録装置の信頼性を低減させるのである。」(同号証45頁14行~46頁6行)との明確な認識がなされているが、本願出願当時、当業者は、このような問題性を何ら認識していなかった。したがって、当業者において、引用例2に開示されている連続的なレーザビーム照射に代えて、引用例発明のような「クレーター状の凹み」を形成させるべく、本願発明のような「基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成する」(本願発明の要旨)との構成要件を採用しようとする技術的知見はなかったといわざるを得ない。

(4)  本願発明の要旨に規定された「丸い凹部を有する痕跡」とは、本願明細書に記載されているように「公称平面の内方に向かって伸長する丸い中心凹部およびこの中心凹部を取巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリム」(甲第2号証21頁末行~22頁3行)を意味する(なお、「丸い凹部」の「丸い」とは、「中心凹部」と「リム」が、平面的に円形であることのみを意味するものではなく、断面的に見た場合に角のない状態であることを表現するものである。)。上記「丸い凹部を有する痕跡」との規定が「公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリム」を含むことは、本願発明の要旨の「表面粗さを、パルス状のエネルギーを集中させる前の値の少なくとも2倍の値で増加させる」との規定から明らかである。すなわち、本願明細書に、「表面粗さ」につき「粗さなる用語は表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを意味する」(甲第2号証29頁16~18行)と定義されており、上記規定から公称水平面よりも高い突出部(隆起部、リム)が存在することが明白であって、かつ、「丸い中心凹部」との語句と区別される上記「丸い凹部」との規定は、それが、「丸い中心凹部」とその縁部の「丸いリム(隆起部)」とからなることを示しているのである。

しかるところ、このような「丸い凹部を有する痕跡」、すなわち公称平面の内方に向かって伸長する丸い中心凹部と、この中心凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムとは、引用例1、2のいずれにも開示されていないし、示唆すらされていない。これを引用例発明における「クレーター状の凹み」と対比すると、①本願発明のものは「丸い凹部」であるのに対し、引用例発明のものは多角形の凹部(甲第6号証第2図)であること、②本願発明のものは、中心凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムが形成されているのに対し、引用例発明のものは、エッチング方法で公称平面よりも下位の材料を除去することにより凹部を形成するものであって、公称平面の外方に伸長するリムを有していないのみならず、あえて、リム部に相当する部分を想定するとすれば、引用例1(甲第6号証)の第2図の12に示される公称平面内における六角形の「稜線」がこれに当たるが、該「稜線」は同第1図Bに示されているように鋭い縁部を有している点において、本願発明の丸いリムとは異なるものである。

さらに、本願発明の要旨には、「多数の位置に・・・、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成」することが規定され、この規定は、本願明細書に記載されているように「ディスクをパルス化されたレーザーの周波数に対応する制御された速度で回転させることによって一連の凹部およびリムより成るリングが形成され、繰返されて作られるリングが組合わされて環状帯域を形成する」(甲第2号証22頁3~8行)ことを意味する。

そして、このような多数の「丸い凹部を有する痕跡」のパターン又は配置は、上記の「丸い凹部を有する痕跡」の特徴を前提とするものであるから、その技術的意義も当然に引用例発明とは異なるものである。

2  取消事由2(相違点(c)についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(c)、すなわち「『痕跡の表面粗さ』に関し、本願発明においては、処理面積部分全体にわたって、パルス状のエネルギーを集中させる前の値の少なくとも2倍の値で増加させるものであるのに対し、引用例1に記載された発明(注、引用例発明)においては、硬質膜のエッチング処理された後の表面粗さはエッチング処理される前の粗さより大きくなっていることは明らかであるが、具体的にどの程度粗くなっているかについては明示されていない点」(同8頁15~9頁3行)につき、特開昭59ー82626号公報(以下「周知例1」という。)及び特開昭61ー246380号公報(以下「周知例2」という。)を引用したうえ、「鏡面仕上げされた磁気ディスクの基層面を、磁気へッドが磁気ディスクに吸着するのを防止するために粗面処理する場合、処理後の表面粗さを処理前の2倍近辺に増加させることは周知の技術である」(同11頁3~7行)とし、これを前提として、「引用例1に記載された発明において、引用例2に記載された発明のようにレーザビームを用いて基層面である硬質膜表面を粗面化する場合にも、表面粗さを処理前の少なくとも2倍に増加させることは磁気ヘッドの磁気ディスクに対する吸着力をどの程度に抑えるかに応じて当業者が適宜なし得た事項である」(同頁10~16行)と判断したが、それは誤りである。

すなわち、一般論として、処理後の表面粗さを処理前の2倍近辺に増加させることが周知の技術であるといい得るとしても、そのことは、本願発明における「表面粗さを、パルス状のエネルギーを集中させる前の値の少なくとも2倍の値で増加させる」場合の表面粗さを示唆するものではない。なぜなら、本願明細書は「表面粗さ」につき特に定義を設けており、引用例1及び周知例1、2記載のものとその技術的意義を異にするからである。

本願明細書には「粗さなる用語は表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを意味する」(甲第2号証29頁16~18行)との記載がある。さらに、本願明細書には「第5図にてhで示されるこのリム62の公称平面58からの高さは1.27×10-5ないし2.03×10-5mm(0.5ないし0.8マイクロインチ)の範囲であるのが望ましいが、リムの高さが2.54×10-5mm(1マイクロインチ)を僅かに超える場合のヘッド接触面積部分も満足に作動できる。第5図にてdで示される平面58から下方へのピット60の深さは通常リムの高さの約2倍である。従って、ヘッド接触面積部分32の表面粗さhは1.27×10-5ないし2.54×10-5mm(0.5ないし1.0マイクロインチ)の範囲である」(同36頁4~15行)との記載があり、これらの記載から明らかなように、本願発明における「表面粗さ」とは、「丸い凹部を有する痕跡」の周囲の「公称水平平面」から最も高く突出する「突出部の高さ」なのである。

これに対し、引用例発明における「エッチングによって形成されたクレーター状の凹み」では、本願発明でいう基準面が最も高い位置にあって、その位置に対して凹みが形成されており、いわば、基準面から穴底に至る凹みの深さが粗さとなる。周知例1、2の粗さも同様である。

そうすると、少なくとも、引用例1及び周知例1、2に「丸い凹部を有する痕跡」の周囲の「突出部」に対する言及がなされていない限り、本願発明でいう特定「粗さ」を示唆するものではない。

したがって、審決が、「鏡面仕上げされた磁気ディスクの基層面を、磁気へッドが磁気ディスクに吸着するのを防止するために粗面処理する場合、処理後の表面粗さを処理前の2倍近辺に増加させることは周知の技術である」故に、「表面粗さを処理前の少なくとも2倍に増加させることは・・・当業者が適宜なし得た事項である」とした判断は、相違点(c)についての判断としては誤りである。

3  取消事由3(作用効果の看過)

審決が、本願発明が、引用例1、2及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした判断は、本願発明の有する顕著な作用効果を看過したものであって、誤りである。

すなわち、本願発明は、磁気媒体の「基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ」との構成を採用したことにより、記録面に対するCSS領域の境界(輪郭)を高精度で設定でき、CSS領域全体を均一粗さで粗面化できるとともに、凹みの相互間隔、口径、深さ及び隆起する縁の高さを高精度で制御(調整)することができ、かつ、隆起する縁が丸いため、変換ヘッド及びディスクの摩耗が低減化されるとの作用効果を奏するものであって、記録密度の向上と摩耗の減少という相反する要求を達成することができるものである。

本願発明において得られる磁気媒体の「中心凹部と、その中心凹部を取巻いて公称平面の外方に伸張する大体円形の丸いリム(隆起部)」は、レーザを代表例とする高密度エネルギーのパルス状照射によって、金属材料の表面に形成されるその照射に固有な痕跡の形状である。このような固有な痕跡形状を有する痕跡の形成は、該照射技術における当然の結果的事実的問題であり、本願発明の要旨に規定された方法の発明で得られる結果物の特長であって、発明の要旨の表現の如何にかかわらず、避けることのできないものである。そして、本願発明が各引用例及び周知例の記載によって示唆されるものではないことを勘案すると、本願発明の作用効果は当業者の予期できないものであるということができる。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(相違点(b)についての判断の誤り)について

(1)  引用例1と引用例2とは、ともに浮動形磁気ヘッドを対象とし、磁気ディスクとの吸着現象を改良するという共通の技術課題を有するものであるから、エッチング処理することにより基板表面にクレーター状の凹部を形成し、基板表面の粗さを大とする引用例発明において、基板表面をエッチング処理することに代えて、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射して荒仕上げ用の凹部を形成することを適用することには、何ら技術上の困難性を見出すことができず、当業者が容易に想到することができたものである。

しかるところ、磁気ディスク基板表面にレーザビームを照射して、引用例発明のようなクレーター状の凹みを形成しようとするときには、レーザビームを、磁気ディスクに対し相対的に移動させながら照射することになるが、この場合において、レーザビームを、磁気ディスク基板表面に対し連続的に照射すると、ディスク基板表面に形成される凹みは、クレーター状の凹みではなく連続的な線状のものとなってしまうから、磁気ディスク基板表面にクレーター状の凹みを形成するためには、少なくとも該磁気ディスク基板表面の凹みを形成すべき箇所の中央部近傍にレーザビームを照射し、凹み相互の境界部分となる箇所の近傍にはレーザビームを照射しないか、クレーター状の凹みが形成されない程度の極く小さなエネルギーとするようレーザビームの照射を制御すること、すなわち、レーザビームの磁気ディスク基板に対する相対的移動に合わせて、レーザビームのエネルギーを、少なくとも磁気ディスク基板表面のクレーター状の凹みを形成すべき箇所の中央部近傍で集中させ、該凹み相互の境界部分となる箇所の近傍ではエネルギーを集中させないようにすることが必要である。これを時間的に見れば、磁気ディスク基板に対してレーザビームのエネルギーを集中している時間と集中していない時間が存在し、磁気ディスク基板に対するレーザビームの照射は、パルス状のエネルギーを選択的に集中させるものとなることが明らかである。

そして、平滑な金属材表面を回転又は移動させつつ、パルス状のレーザビームを選択的に照射して、該金属材表面にクレーターとその周囲を取り囲むフランジの集合である粗面を形成することは、特開昭63ー132702号公報、特開平1ー127104号公報、特開平1ー129996号公報に見られるように、本願出願前に周知の技術であり、また、ディスク表面の所定面積部分にわたる多数の位置にパルス状のレーザビームを照射し各位置に丸い凹部とその周囲を取り囲む盛り上がり部を有する痕跡を形成することも、特開昭53ー115202号公報にみられるように、本願出願前に周知である。

そうすると、引用例発明において、基板表面の多数の位置にクレーター状の凹みを形成するのに、基板表面をエッチング処理することに代えて、引用例2に記載された発明のようにレーザビームを照射したとき、磁気ディスク基板表面に丸い凹部を有する痕跡が形成されることは、上記周知事項を勘案すれば、当業者が十分に予測し得た範囲の技術的事項であって、格別のものとはいうことはできない。

(2)  原告は、本願発明において「中心凹部を取巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリム」が形成されると主張し、さらに、「ディスクをパルス化されたレーザーの周波数に対応する制御された速度で回転させることによって一連の凹部およびリムより成るリングが形成され、繰返されて作られるリングが組合わされて環状帯域を形成する」旨主張するが、本願発明の要旨には、「中心凹部を取巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリム」及び「一連の凹部およびリムより成るリングが形成され、繰返されて作られるリングが組合わされて環状帯域を形成する」ことは規定されておらず、原告の該主張は、発明の要旨に基づかないものである。

それのみならず、「中心凹部を取巻いて公称平面の外方に伸張する大体円形の丸いリム」は、上記周知事項を勘案すれば、引用例発明において、基板表面の多数の位置にクレーター状の凹みを形成するために、基板表面をエッチング処理することに代えて、引用例2に記載された発明のようにレーザビームを照射したとき、当業者が十分に予測し得た範囲の技術的事項であって、格別のものとはいうことはできない。

2  取消事由2(相違点(c)についての判断の誤り)について

原告は、本願明細書に「粗さなる用語は表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを意味する」との記載があるから、本願発明における表面粗さは、引用例1及び周知例1、2記載の一般的に用いられる表面粗さと技術的意義を異にすると主張する。

しかしながら、本願発明の要旨は、単に「表面粗さ」と規定するのみであって、本願明細書中の原告主張の記載は、実施例の説明において示されているにすぎないから、原告の上記主張は失当である。

のみならず、審決の判断のとおり、磁気ディスク基板上に形成する粗面をどの程度の粗さとするかは、本来、磁気ヘッドと磁気ディスクとの吸着をどの程度防止するかに応じて、当業者が適宜設定し得る事項であり、このような目的に沿って、鏡面仕上げされた磁気ディスクの基層面の表面粗さを処理前の2倍近辺に増加させることが本願出願前に周知の技術であるところ、この場合の表面粗さは、原告主張に係る本願発明における表面粗さと、たとえ、粗さの測定の仕方(表現の仕方)が異なるにしても、鏡面仕上げされた磁気ディスクの基層面の表面粗さを処理前の2倍程度に増加させるものであるという点では、技術的に何ら実質上の差異はない。

したがって、相違点(c)についての審決の判断に何ら誤りはない。

3  取消事由3(作用効果の看過)について

原告は、本願発明が、磁気媒体の「基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ」との構成を採用したことにより、記録面に対するCSS領域の境界(輪郭)を高精度で設定でき、CSS領域全体を均一粗さで粗面化できるとともに、凹みの相互間隔、口径、深さ及び隆起する縁の高さを高精度で制御(調整)することができ、かつ、隆起する縁が丸いため、変換ヘッド及びディスクの摩耗が低減化されるとの作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、引用例発明において、基板表面の多数の位置にクレーター状の凹みを形成するのに、基板表面をエッチング処理することに代えて、引用例2に記載された発明のようにレーザビームを照射して基層面を粗面化する場合、この照射はパルス状のエネルギーを選択的に集中することであり、その場合に、記録面に対するCSS領域の境界を高精度で設定でき、CSS領域全体を均一粗さで粗面化できるとともに、凹みの相互間隔、口径、深さを高精度で制御(調整)することができることは、当業者が十分に予測し得る作用効果である。

また、本願発明の要旨には、「隆起する縁」について規定されておらず、隆起する縁が丸いため、変換ヘッド及びディスクの摩耗が低減化されるとの主張は、発明の要旨に基づかないものであるのみならず、上記のように、引用例発明に引用例2に記載された発明を適用してパルス状のエネルギーを選択的に集中する場合、クレーター状の丸い凹部及びその周囲を取り囲む盛り上がり部を有する痕跡が形成されることから、変換ヘッド及びディスクの摩耗が低減化されるとの作用効果を奏することも、当業者が予測することができたものである。

したがって、審決が、本願発明の作用効果を看過したとの原告主張も誤りである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点(b)についての判断の誤り)について

(1)  本願発明の要旨における「エネルギー」が「レーザビーム」であること、引用例1に「磁気ディスクの表面粗さの向上は著しく、・・・ところが、表面精度の向上にともなって、別の問題が新たに生じてきた。それは磁気ディスク装置が停止しているときに、磁気ヘッドスライダと磁気ディスクが吸着するという問題である。」(審決書3頁9~16行)、「この発明は・・・十分な吸着防止効果を有する磁気ディスク用基板を得ることを目的とする。」(同4頁9~12行)、「第1図A、Bはこの発明の一実施例による磁気ディスク用基板の製造方法を説明する断面図であり、・・・この基板を・・・エッチングすると、硬質膜(2)が2元合金のため、構成元素のエッチングレートの差から第1図Bに示すようなクレーター状の凹み(11)が形成される。参考写真は上記実施例による磁気ディスク用基板の表面を示し、第2図はこの写真を拡大して模式的に示す。基板表面にはモザイク状模様のクレーター状の凹み(11)が形成されている。」(同4頁14行~5頁6行)、「この発明によれば、基材または硬質膜の表面にクレーター状の凹みを有するので、磁気ヘッドスライダとの接触面積が非常に小さく、磁気ディスクと磁気ヘッドスライダ間の吸着を効果的に防止できる磁気ディスク用基板が得られる」(同5頁8~12行)との各記載があること、引用例2に「コンタクト・スタート・ストップ(CSS)形の浮動磁気ヘッドと記録媒体の吸着現象を改善するために、CSSゾーンにレーザ装置からのレーザビームを照射して該ゾーンを加熱し、CSS時に浮動磁気ヘッドが吸着しない程度に荒仕上げすること」(同9頁20行~10頁5行)が記載されていることは当事者間に争いがない。また、引用例1(甲第6号証)には、さらに、「この発明におけるクレーター状の凹みは、磁気ヘッドスライダが磁気ディスクに接触するときの・・・摩擦力が小さくなり吸着力が減少する。」(同号証2頁右下欄6~9行)との記載があることが認められる。

前示引用例1、2の各記載によれば、引用例発明及び引用例2に記載された発明は、いずれも磁気記録媒体において、浮動形磁気ヘッド(磁気ヘッドスライダ)と記録媒体(磁気ディスク)との吸着現象を改良することを目的とするものであって、その技術分野及び技術課題が共通であるものと認めることができる。そうすると、引用例発明において、浮動形磁気ヘッドと記録媒体との吸着現象を改良するためディスク表面にクレーター状の凹みを形成するに当たって、エッチング処理により該クレーター状の凹みを形成することに代えて、引用例2に記載された、ディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用することが、当業者にとって格別困難であると認めることはできない。

他方、特開昭63ー132702号公報(乙第1号証)には、塗装用鋼板及びその製造方法の発明に関して、「レーザによる加熱によってロール3を形成する金属は、大きな照射エネルギ密度のもとで瞬時に金属蒸気となり、このとき発生する蒸気圧力によってロール表面の溶融金属が吹き飛ばされてクレータ1を形成し、またその吹き飛ばされた溶融金属はクレータ1の周囲に再固着して、クレータ1を取囲むフランジ2を形成する。」(同号証4頁右上欄12~18行)、「ロールを回転もしくは軸方向移動させつつ規則的なレーザパルスを照射することより上述のようなクレータ1が規則的に形成され、これらの次々に形成されるクレータの集合によってロール表面は粗面を呈する」(同頁左下欄2~6行)との各記載が、特開平1ー127104号公報(乙第2号証)には、高粗度・高鮮映性熱延鋼板及びその製造方法の発明に関して、「表面を研磨加工により平滑に仕上げたワークロール表面に、レーザービーム等の高密度エネルギ源を、上記ロールを定速度で回転させながらパルス状に照射して規則的に連続した点状に溶融した微小クレータを形成する。第3図(a)は、この点状に溶融されたロール表面の拡大断面図であって、1はロールR表面に形成された微小クレータであり、このクレータ1の周囲には溶融した母材金属がロール表面よりも盛り上がってフランジ2が形成される。」(同号証3頁右上欄11~20行)との記載が、さらに、特開平1ー129996号公報(乙第3号証)には、コンダクタロールの発明に関して、「高密度エネルギー源を用いてロール表面粗さを所定の範囲内に正確に制御しつつ加工し、極めて均一な粗度プロフィールのコンダクタロールを提供する」(同号証2頁右上欄3~6行)、「高密度エネルギー源から細く絞った鋭利なビームをパルス状にしてロール表面に投射すると、ビームで加熱された部分の金属が溶融し、その中心部は瞬時に気化して金属蒸気となり、その蒸気圧力で中心部の溶融金属が吹き飛ばされて窪みが形成される。一方、吹き飛ばされた溶融金属は窪みの周囲に再固着して、窪み周縁を囲む形状に盛り上がりを生じる。」(同頁右上欄20行~左下欄7行)、「ロール円周方向のクレータ相互間の間隔は、投射される高密度エネルギーのパルスの周波数をロール回転速度に関連させつつ制御することにより調節し、・・・クレータの分布密度を任意に設定することが可能である。かくして、ロール表面に、任意の大きさに調整された多数のクレータが任意のピッチを保ち規則的に均一に分布して形成される。」(同頁左下欄11行~右下欄1行)との各記載が、特開昭53ー115202号公報(乙第4号証)には、凹凸画像の形成方法の発明に関して、「ガラスデイスク5を1800rpmで回転させながら記録用ヘツド6をデイスクに一定距離を保って接近させ、パルス状・・・のアルゴンイオンレーザ光7を記録用ヘツド中のレンズで集光して照射した。・・・レーザスポツトの径は約0.9μm、第4図bのように記録された楕円形の凹部の、底部の短径は約0.6μmであつた。」(同号証3頁右下欄15行~4頁左上欄5行)との記載があり、これらの記載によれば、金属材表面に対しパルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射することにより、該金属材表面に、クレーター状の丸い凹部と、その周縁を囲み、先端が丸くなった形状のフランジ(盛上がり部)が集合分布してなる粗面を形成することは、本願出願当時、周知の技術事項であったものと認められる。

しかして、引用例発明において、ディスク表面にクレーター状の凹みを形成するに当たり、エッチング処理に代えて、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、磁気ディスク表面に対し、レーザービームを相対移動させながら連続的に照射したとすれば、ディスク基板表面には、クレーター状の凹みではなく、線状の凹みが形成されてしまうことが明らかであるから、前示周知技術に基づいて、パルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射することにより、磁気ディスク表面上のクレーター状の凹みを形成させる箇所に選択的にエネルギーを集中し、クレーター状の凹み相互の境界部分となる箇所にはエネルギーを集中しないようレーザビームの照射を制御して、クレーター状の凹みが所定の間隔で集合分布してなる粗面を形成することは、技術上当然のことであるといわざるを得ない。そして、その場合に、各クレーター状の凹みが、丸い凹部となり、その周縁にこれを囲み、先端が丸くなった形状のフランジ(盛上がり部)が形成されることが周知の事項であることも前示のとおりである。

(2)  原告は、前示特開昭63ー132702号公報、特開平1ー127104号公報、特開平1ー129996号公報が、本願発明とは異なる技術分野における異なる課題を解決するための技術手段として、パルスレーザが公知であることを示すにすぎず、また、特開昭53ー115202号公報には、先端が丸く仕上げられたリムにより取り囲まれるクレーター状凹みを形成することの重要性についての認識が開示されていないと主張する。しかしながら、これらの先行文献が、本願発明とは異なる技術分野における異なる課題を解決するための技術手段についてのものであるとしても、一般に、金属材表面に対しパルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射する場合に関する周知の技術事項を開示したものであると認められることは前示のとおりであって、このことは、該技術事項の重要性についての認識が開示されていないからといって、左右されるものでもない。

また、原告は、引用例1(甲第6号証)の、従来技術に関する「この方法では溝が同心円状に形成され、磁気ヘッドスライダはその溝をなぞるように摺動し、磁気ヘッドスライダの進行方向に長手状の線接触をするため十分な吸着防止効果が得られないという機能上の問題点があった」(同号証2頁左下欄13~17行)との記載、及び引用例発明についての「この発明は上記のような問題点を解消するためになされたものであって、十分な吸着防止効果を有する磁気ディスク用基板を得ることを目的とする。」(同頁左下欄18~20行)との記載が、広義では連続的にレーザビームを照射することを否定するものであり、引用例2(甲第7号証)の「CSSゾーン4に存在する一定以上の潤滑剤を飛散させたり、表面層を焼きつけたりして、面精度を低下させて、目的とするあらさにCSSゾーン4を形成する」(同号証2頁右上欄18行~左下欄1行)との記載が連続的にレーザビームを照射するものとしか考えられないから、引用例発明に、引用例2記載のレーザビーム照射を採用することはあり得ないと主張するが、引用例2の前示記載から直ちに、引用例2に記載された発明が、連続的にレーザビームを照射するものに限られるものとは解されず、他に、引用例2(甲第7号証)に、そこに記載された発明がレーザビームをパルス状に照射することを排除していると認めるべき記載も見当たらない。そして、引用例発明において、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、前示周知技術に基づいて、パルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射することが技術上当然であることは前示のとおりであるから、原告の該主張も採用することができない。

原告は、本願出願当時、当業者は、本願明細書(甲第2号証)に記載された「生じた突出部は鋸歯状にされて鋭い縁部を有する傾向」(同号証18頁4~5行)の問題性を認識していなかったから、引用例発明のような「クレーター状の凹み」を形成させるべく、「基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成する」(本願発明の要旨)との構成要件を採用しようとする技術的知見はなかったとも主張するが、引用例発明及び引用例2に記載された発明が、技術分野及び技術課題を共通にするものである故に、引用例発明におけるクレーター状の凹みを形成するに当たって、引用例2に記載された、ディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用することが、当業者にとって格別困難であると認めることができないこと、その場合に、前示周知技術に基づいて、パルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射し、エネルギーを選択的に集中することが技術上当然であり、かつ、そうしたときに、各クレーター状の凹みが、丸い凹部を形成することが周知の事項であることも前示のとおりである。

原告はさらに、本願発明の要旨に規定された「丸い凹部を有する痕跡」が、公称平面の内方に向かって伸長する丸い凹部及びこの中心凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムを意味するところ、これらは引用例1、2のいずれにも開示されていないし、示唆すらされていないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、引用例発明において、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、前示周知技術に基づいて、パルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射し、エネルギーを選択的に集中することが技術上当然であり、そうしたときに、各クレーター状の凹みが丸い凹部を形成すること、すなわち、公称平面の内方に向かって伸長する丸い凹部が形成されることは周知事項である。

また、中心凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムは、本願発明の要旨に規定されておらず、原告の該主張は、発明の要旨に基づかないものであるといわざるを得ない。この点につき、原告は、本願明細書(甲第2号証)の「粗さなる用語は表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを意味する」(同号証29頁16~18行)との記載が、本願発明の要旨の「表面粗さを、パルス状のエネルギーを集中させる前の値の少なくとも2倍の値で増加させる」との規定の「表面粗さ」を定義したものであり、該規定から公称水平面よりも高い突出部(隆起部、リム)が存在することが明白であると主張するが、後述のとおり、本願明細書中の前示記載は、実施例の説明において示されているにすぎないのみならず、該記載があるからといって、本願発明の「表面粗さを、パルス状のエネルギーを集中させる前の値の少なくとも2倍の値で増加させる」との構成要件が、前示凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムの存在まで規定するものとは解されない。

それのみならず、前示のとおり、引用例発明において、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、前示周知技術に基づいて、パルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射し、エネルギーを選択的に集中することが技術上当然であり、そうしたときに、各クレーター状の凹みが丸い凹部を形成し、かつ、その凹部の周縁にこれを囲み、先端が丸くなった形状のフランジ(盛上がり部)、すなわち、中心凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムが形成されることも、前示のとおり周知事項である。

したがって、原告主張の、公称平面の内方に向かって伸長する丸い凹部及びこの中心凹部を取り巻いて公称平面の外方に伸長する大体円形の丸いリムは、当業者が引用例発明において、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、当然予測し得る技術事項というべきであって、これを格別のものとすることはできない。

原告は、本願発明の要旨の「多数の位置に・・・、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成」することが、ディスクをパルス化されたレーザーの周波数に対応する制御された速度で回転させることによって一連の凹部およびリムよりなるリングが形成され、繰り返されて作られるリングが組合わされて環状帯域を形成することを意味し、このような多数の「丸い凹部を有する痕跡」のパターン又は配置の技術的意義は引用例発明と異なるとも主張するが、原告主張のような多数の「丸い凹部を有する痕跡」のパターン又は配置は、本願発明の要旨に規定されておらず、該主張は、発明の要旨に基づかないものであるといわざるを得ない。そして、引用例1の前示「第1図A、Bはこの発明の一実施例による磁気ディスク用基板の製造方法を説明する断面図であり、・・・この基板を・・・エッチングすると、硬質膜(2)が2元合金のため、構成元素のエッチングレートの差から第1図Bに示すようなクレーター状の凹み(11)が形成される。参考写真は上記実施例による磁気ディスク用基板の表面を示し、第2図はこの写真を拡大して模式的に示す。基板表面にはモザイク状模様のクレーター状の凹み(11)が形成されている。」との記載並びに引用例1(甲第6号証)の第1図(A)、(B)及び第2図の表示に鑑みて、引用例1には、多数の位置にクレーター状の凹みを形成することが開示されているものと認められるから、引用例発明において、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、「多数の位置に・・・、各位置に丸い凹部を有する痕跡を形成」することは明らかである。

(3)  したがって、審決の相違点(b)についての判断に原告主張の誤りがあるということはできない。

2  取消事由2(相違点(c)についての判断の誤り)について

本願明細書(甲第2号証)には、「粗さなる用語は表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを意味する」(同号証29頁16~18行)、「第5図にてhで示されるこのリム62の公称平面58からの高さは1.27×10-5ないし2.03×10-5mm(0.5ないし0.8マイクロインチ)の範囲であるのが望ましいが、リムの高さが2.54×10-5mm(1マイクロインチ)を僅かに超える場合のヘッド接触面積部分も満足に作動できる。第5図にてdで示される平面58から下方へのピット60の深さは通常リムの高さの約2倍である。従って、ヘッド接触面積部分32の表面粗さhは1.27×10-5ないし2.54×10-5mm(0.5ないし1.0マイクロインチ)の範囲である」(同36頁4~15行)との各記載があるところ、原告は、これらの記載に基づいて、本願発明における「表面粗さ」とは、丸い凹部を有する痕跡の周囲の公称水平平面から最も高く突出する突出部の高さのことであり、基準面から穴底に至る凹みの深さのことである引用例発明及び周知例1、2の粗さと異なるものであるから、引用例1及び周知例1、2は、本願発明の「粗さ」を示唆するものではなく、審決の相違点(c)についての判断が誤りであると主張する。

しかしながら、本願明細書中の前示各記載は、本願発明に係る実施例の説明において示されているにすぎないから、該各記載があるからといって、本願発明の要旨における「表面粗さ」が、直ちに磁気ディスク表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを規定したものであると認めることはできない。

のみならず、周知例1(甲第8号証)の「磁気デイスク基板の表面粗さRaとデイスク媒体の摩擦係数および磁気ヘツドの吸着力との関係を示すグラフ」(同号証3頁左上欄14~16行)である図面第2図には、ディスク基板粗さRaが0.005μmから0.015μm近くまで増加すると、磁気ヘツドの吸着力が低下することが表示され、また、周知例2(甲第9号証)には、磁気ヘッドの吸着を防ぐことを目的とする磁気ディスク基板の製造方法の発明につき、実施例1として「表面粗さRa0.004μmまで鏡面研磨した後・・・表面粗さRa0.007μmの磁気ディスク基板を得た。」(同号証2頁右下欄5~9行)との、実施例2として「実施例1と同様にして磁気ディスク基板を作製したが、・・・表面粗さはRa0.008μmであり」(同欄14~20行)との各記載があり、これらの表示及び記載によれば、周知例1、2には、磁気ディスク基板の表面を鏡面研磨した後、表面粗さを2倍程度の値で増加させることが開示されており、このことは、本願出願当時、周知の技術事項であったものと認めることができる。

しかるところ、仮に本願発明における「表面粗さ」が、原告主張のように、磁気ディスク表面の公称水平平面より上方の最も高い突出部の高さを意味するとしても、該「表面粗さ」が、磁気ディスク上に、磁気ヘッドが接触する凸部と、該凸部に遮られるため磁気ヘッドが接触しない凹部とを設け、磁気ディスク表面全体における磁気ヘッドとの接触部分の面積を少なくするための、該凸部と凹部との相対的な高低差を確保するとの技術的意義を有する点においては、引用例発明及び周知例1、2記載のものの「表面粗さ」と差異がないことは明らかである。そして、かかる技術的意義における「表面粗さ」をどの程度に設定するかは、本来、磁気ヘッドと磁気ディスクとの吸着をどの程度防止するかに応じて、当業者が適宜設定し得る事項であり、前示のとおり、鏡面研磨後の磁気ディスクの表面粗さを処理前の2倍程度に増加させることが本願出願前に周知の技術であるから、本願発明における表面粗さを2倍の値で増加させることは、たとえ、その表面粗さの定義において、引用例発明及び周知例1、2記載のものとの間に、原告主張の相違があったとしても、何ら格別のものということはできない。

したがって、審決の相違点(c)についての判断に、原告主張の誤りがあるということはできない。

3  取消事由3(作用効果の看過)について

原告は、本願発明が、磁気媒体の「基層面又は記録面のいずれか上の処理面積部分にわたる多数の位置にパルス状のエネルギーを選択的に集中させ」との構成を採用したことにより、記録面に対するCSS領域の境界(輪郭)を高精度で設定でき、CSS領域全体を均一粗さで粗面化できるとともに、凹みの相互間隔、口径、深さ及び隆起する縁の高さを高精度で制御(調整)することができ、かつ、隆起する縁が丸いため、変換ヘッド及びディスクの摩耗が低減化されるとの作用効果を奏すると主張するが、前示のとおり、隆起する丸い縁(リム)は本願発明の要旨に規定されておらず、これに基づく作用効果の主張は、本願発明の要旨に基づくものということはできない。

のみならず、前示のとおり、引用例発明において、引用例2に記載されたディスクのCSSゾーンにレーザビームを照射する技術を採用する場合に、前示周知技術に基づいて、パルス状のレーザビームを相対移動させつつ照射し、エネルギーを選択的に集中することが技術上当然であり、そうしたときに、各クレーター状の凹みが丸い凹部を形成し、かつ、その凹部の周縁にこれを囲み、先端が丸くなった形状のフランジ(盛上がり部)が形成されることは周知事項である。そうすると、原告主張の前示作用効果は、隆起する丸い縁(リム)に基づくものを含め、当業者が十分に予測し得たものであって、格別のものということはできない。

したがって、審決に原告主張の作用効果の看過があるということはできない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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